

「膝にやさしいランニングシューズを探しています」
こう聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか。人間同士なら、なんとなくニュアンスが伝わる。だが、相手がAIだったらどうだろう。
最近は、買い物の前にAIチャットへ相談する人が増えている。旅行先のホテル、化粧水、業務用のソフト——人間が検索結果を一つひとつ見比べる代わりに、AIが先に候補を数個へ絞り込む。そんな体験が当たり前になりつつある。これは中小企業にとって見過ごせない変化だ。検索結果に表示されても、AIに理解されない言葉で書かれた商品説明は、そもそも候補にすら挙がらなくなるからだ。
私はこのことが技術トレンドというより「文章の書き方」の問題だと感じている。今回は、佐藤尚之氏の著書『AIに選ばれ、ファンに愛される。』(日経BP、2025年)第3章で紹介されている「TRUST-Translation」という考え方を軸に、中小企業や一人で事業を営む方が今日から実践できる文章術を整理する。
AIは「あやふやな言葉」が読めない


同書はまず、AIが商品を選ぶときの動きを、あいまいな要望を機能ごとに分解していく過程として紹介している。
「膝にやさしい→クッション性・ソールの素材」など、機能を因数分解してくまなく探す
──『AIに選ばれ、ファンに愛される。』佐藤尚之著、日経BP、2025年、第3章
AIは「膝にやさしい」という言葉そのものを理解しているわけではなく、それが指しうる具体的な要素(クッション性、ソールの素材など)に分解してから、該当する商品を探しにいく。つまり企業側が先にこの分解をして商品説明に落とし込んでおけば、AIの探索と噛み合いやすくなる。
同書は、この「人間の感覚的な表現を、AIが理解できる形に変換する」作業をこう定義している。
AI語への翻訳とは、人間の感覚的な表現を、AIが比較可能なデータに変換することだ。
──『AIに選ばれ、ファンに愛される。』佐藤尚之著、日経BP、2025年、第3章
ここでいう「AI語」はプログラミング言語のことではない。人間なら「なんとなく」で通じる感覚的な表現を、AIでも比較・判断できる具体的な情報に置き換える、という意味だ。
なぜ数字が必要なのか


なぜ「やさしい」「エコな」「高品質な」といった言葉は、AI相手には通用しにくいのか。理由はシンプルで、AIは共感するのではなく、比較して選んでいるからだ。
AIは感情を持たないし、「やさしい」という言葉に共感することもない。
──『AIに選ばれ、ファンに愛される。』佐藤尚之著、日経BP、2025年、第3章
人間なら「やさしい」のニュアンスを雰囲気で受け取り、なんとなく良さそうだと感じる。しかしAIにとって、根拠を示さない形容詞は判断材料にならない。裏を返せば、具体的な情報さえ示せば、AIはそれを比較検討の材料として扱う。曖昧な表現を数字や具体的な事実へ翻訳することこそ、AIに選ばれるための最初の一歩だ——これがこの章の骨子である。
具体的な書き換え例


考え方を実際の文章に落とし込んでみよう。ここでは書き換えの「型」を、Before / After で見ていく。
- 使いやすい会計ソフトです
- 柔軟に対応します
- 丁寧なサポートが自慢です
どれも人間が読めば好印象だが、AIにとっては比較のしようがない表現だ。
- 「使いやすい」→初期設定に必要な項目数は何個か、初回ログインから請求書発行までの平均所要時間はどれくらいか
- 「柔軟に対応します」→対応可能なプラン数、カスタマイズにかかる標準日数、契約変更の申請から反映までの日数
- 「丁寧なサポート」→問い合わせ窓口の対応時間帯、返信までの平均時間、サポート担当者の資格・実務経験年数
ポイントは、形容詞を思いつきで数字に置き換えることではない。「その形容詞は具体的に何を指しているのか」を因子ごとに書き出し、測れるものは測る、測れないものはより具体的な言葉に言い換える——この順番で進める。LOFIRでも文章を見直す際、この「曖昧語の棚卸し→因数分解→検証可能な情報への置き換え」を実践している。すべてを数値化できるわけではないが、「対応が早い」を「問い合わせから初回返信まで◯時間以内を目安にしている」と言い換えるだけでも、読み手にとっての説得力は変わる。
中小・一人運営でもできる実践手順


専任チームを置かなくても、自社で扱う商品・サービスの説明文であれば、次の手順で少しずつ着手できる。
- 特徴を書き出す:思いつく限りの特徴やアピールポイントを箇条書きにする。
- 曖昧な言葉を洗い出す:「やさしい」「簡単」「高品質」「丁寧」など、感覚的な形容詞に印をつける。
- 一つずつ因数分解する:その言葉が具体的に何を指すのかを要素に分ける。難しければ、AIに「この言葉を分解して」と相談するだけでも整理が進む。
- 測れるものは数値化する:時間・回数・割合など、客観的に示せる指標に置き換える。裏付けとなるデータがあれば併記する。
- 測れないものは具体的な言葉にする:無理に数字をひねり出さず、より解像度の高い言葉へ言い換える。
- 文章に反映する:分解・検証した情報を、既存の説明文へ落とし込む。
- 定期的に見直す:商品や体制が変われば数字も変わる。書きっぱなしにせず、更新のタイミングを決めておく。
一度にすべてをやり直す必要はない。まずは主力商品や、問い合わせの多いページから着手するだけでも十分に意味がある。
注意点:数字は「裏取りできるもの」だけ


ひとつ強調しておきたいのは、数字を出すこと自体が目的化してはいけない、という点だ。
数値化は、あくまで自社で確認できる事実や、裏付けのあるデータに基づいて行うべきだ。根拠のない数字を並べると、後で問い合わせを受けたときに説明できず、かえって信頼を損なう。測定方法や算出条件(いつ、どういう条件で測ったか)まで説明できる状態にしておくことが大切だ。
また、都合の良い数字だけを強調し、不利な情報を隠すのも避けたい。同書でも、多少見劣りする数値であっても開示したほうが結果的に信頼につながる、という趣旨が述べられている。曖昧な言葉で誤魔化さず、かといって誇大な数字で盛るのでもなく、「今、正直に言えることを、具体的に言う」——これが基本姿勢である。
数字は「入口」にすぎない——最後に選ぶのは人間


ここで少し視野を広げておこう。同書によれば、これからの買い物は「AIが無数の候補から3〜5個に絞る一次選考」と、「人間がその中から一つを選ぶ二次選考」の二段階で進む。TRUST-Translation(数字で語る翻訳)が効くのは、このうち一次選考だ。数字は、AIの比較の土俵に乗り、候補として残るための入場条件だといえる。
ただし、AIが絞り込んだ数個は「どれも合格点」である。そこから先、最後の一つを選ぶのは人間で、その決め手は価格や機能の優劣よりも、世界観や共感といった感覚的な部分になる。同書はこれを二次選考(センス)と呼ぶ。つまり数値化はゴールではなく出発点だ。数字で候補に残ったうえで、自社の価値観や人柄が伝わる言葉を重ねていく——この両輪が、AI時代に選ばれる文章の全体像である。
そしてこの「数字で語る」規律は、自社の説明文だけのものではない。ファンが書く口コミやレビューにも同じことがいえる。具体的な使用シーンや数値を含んだ生の声は、AIが引用しやすい一次情報になるからだ。AIに選ばれる文章術は、ファンを起点にした集客とも地続きだといえる。ファンから始める新規獲得というテーマは、稿を改めて詳しく取り上げる。
まとめ


AIが購買前の絞り込みを担うようになった今、「やさしい」「高品質」「丁寧」といった感覚的な言葉だけでは、AIの比較検討の土俵に乗ることすら難しくなっている。
TRUST-Translationの考え方は、特別な技術や大きな予算がなくても始められる。自社の商品・サービスの特徴を洗い出し、曖昧な言葉を因数分解し、裏付けのある範囲で数字や具体的な情報へ置き換えていく。地道な作業だが、一人や少人数の会社でも、AIに相談しながら少しずつ進められる。
大きな会社が専任チームでこれをやる前に、まずは身近な商品ページの一文から、曖昧な言葉を数字に翻訳してみる。そこが、AIに選ばれるための現実的な第一歩になる。
参考文献
- 佐藤尚之『AIに選ばれ、ファンに愛される。変わる生活者とこれからのマーケティング』(日経BP、2025年)










